単純な断罪も、安易な肯定もしない
妊娠と出産をめぐる問題は、抽象的な標語では扱えません。
そこには、女性の生命と健康、胎児の命、家庭の状況、性暴力、貧困、病気、障がい、孤立、将来への恐れがあります。
教会が安全な場所から一方的に断罪することは、福音に忠実な態度ではありません。
同時に、中絶を何の重みもない選択として扱うこともしません。
命に関わる決断として、慎重さ、真実、支援、責任を求めます。
私たちの立場
日本キリスト聖公会は、中絶を避妊の代わり、性別選択、他者から強制された都合だけの手段として扱うことには反対します。
一方、次のような深刻な状況において、中絶という決断があり得ることを認めます。
- 妊娠の継続が本人の生命や健康を重大に脅かす場合
- 性暴力や虐待による妊娠
- 胎児に重篤な状態が確認された場合
- 本人が深刻な精神的、社会的、経済的危機に置かれている場合
- その他、本人が良心と医療上の説明に基づいて、妊娠の継続が困難であると判断する場合
最終的な決断は、妊娠している本人が、十分な医療情報と支援を得たうえで行うべきです。
国家、家族、宗教者、配偶者が、出産または中絶を強制してはなりません。
教会が行うこと
教会は、決断の前後を問わず、本人を責めません。
出産を望む人には、生活、住居、医療、養育に必要な支援へつなぎます。
中絶を選んだ人には、羞恥や罪悪感を強いることなく、必要な祈りと牧会を提供します。
流産、死産、不妊治療、人工妊娠中絶を経験した人の悲しみを軽視しません。
誰かの経験を、政治的主張の材料として利用しません。
